2011年8月21日日曜日

昔の少年ジャンプの話をしよう


最近はほとんど漫画雑誌など読まなくなったが、「少年ジャンプ」は強い影響を受けたのは間違いない。同世代の方なら同じ意見だろう。その「ジャンプ」、はて、いつから読むようにいなっただろうか。

たぶん最初は床屋。月に一度、浦和の家の近くの村田床屋というのにいくことがほぼ義務づけられていたのだが、そこの待合席においてあったのはすべて「週刊少年ジャンプ」だった。しかも半年分くらいはまとめておいてあった。最初は幼稚園の頃のはずだから、「ど根性ガエル」や「トイレット博士」あたりからだと思う。野球マンガでは「侍ジャイアンツ」があったが、巨人は好きじゃなかったので読もうとはしなかった。そのためか、「ジャンプ」=ギャグマンガの宝庫というイメージが私個人の中には染み付いている。

「ど根性ガエル」はメジャーすぎるのでここでは割愛。「トイレット博士」というのはまた不思議なマンガだった。、話の中にトイレット博士なる人物がぜんぜん出てこなかったのである。スナミ先生というのが出てくるが、これが別名トイレット博士なのかとも思ったが、そんな描写はいつまでたっても出てこない。実は連載開始からしばらく後、企画変更があったせいなのだそうだが、私が読み始めたのは途中からだったためこんなことになっていたわけだ。そんな事情がありながらも、タイトルは変えずに連載を続けているとは、ずいぶん大らかな編集というかずぼらな作者というか。

それでも、下ネタオンパレードの「トイレット博士」はインパクトあったなあ。ちょうど世間で六価クロム汚染が話題になった頃、給食のカレーを床にぶちまけたのを見たスナミ先生が「これは六価クロムに違いない」とやっていたシーンはいまだ何忘れられない。


「トイレット博士」とほぼ入れ替わるタイミングで始まったのが「こちら葛飾区亀有公園前派出所」だ。何だこの長ったらしいふざけたマンガは、というのが最初の印象。でも、絵のすごさにたちまち引き込まれた。今ではどのマンガでも当たり前の手法だが、実物の車や街の背景を実物そっくりに書き込むという方法を見たのは「こち亀」が始めてだった(同時期のマンガでは「ワイルド7」の望月三起也も得意としていたが)。いまだに連載が続いているとは、当時想像だにしなかったが、長く続いている理由もまた、当時の作風から納得できるところもある。

その後しばらく、ジャンプを読む機会が減ることになる。復活するのは「ドクタースランプ」がブームになる頃から。そのあたりの経緯はまた後日。

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